後から考える写真のテーマ:「道、路、途、径・・・未知」
以前、自分はあまりテーマを設けず、気ままに撮り歩くのが好きだということを書きました。
でも、撮影を重ねているとやはり傾向のようなものができてきます。
気が付くと、道を撮っていることに多いのです。
そんな作品をいまさらながら集めてみました
なぜ、「道」を撮るのか
生活の鼓動を感じるから
人が行き交うために作られたのが「道」。けもの道というものがあるように、必ずしも人であることもないが、生きるために、動物が移動する毎に作っていく航跡のようなものを道の始まりと言ってよいと思うのです。
だから、道はもともと人工物で、道の周りには生活に必要なものが集まります。
ですから、道を撮っていると自ずから人間社会の鼓動を感じることができるのです。
道は光輝く
朝早く、もしくは日が沈む間際、道は光輝きます。
今の道路は舗装されていますが、舗装表面は光を結構反射するのです。
道、そのものが美しいのです。
道は未知なるものへの哀愁が漂う
「この先はどこへ通ずるのだろうか?」
「一体、この道はどこからきているのだろうか?」
住み慣れた地を一歩踏み出ると、道の始点と終点は未知なものになってしまう。
分岐する道、交差点に当たれば、どっちへ行けばよいのか?
また、進むべきか戻るべきか・・・道は人生と重なり合う。
道は多くの人の迷いや不安を吸い取ってきたのではないでしょうか。
道に哀愁を見出そうとするのは、自分だけでしょうか?
路地・小径は被写体の宝庫
裏通りを歩くのが好きです。
やはり、表通りより生活の息吹を感じやすい。
道が狭いので、人と人が近い。撮影も近くなる。
同じ道に何度も出向いても、違った表情と被写体に出くわす。
全く、飽きないのです。
過去写真を「テーマ」で見直してみる。
今回は「道」というテーマで過去写真も含め集めてみました。
表題の通り「みち」テーマでも「道」「路」「径」「未知」と、イメージを広げることができます。
道そのものばかりではなく、「道」のある風景、「道」を連想できる情景、などまだまだ多くの作品を上げることができそうです。
人の道、鉄の道、水の道、電気の道、などなど
実は撮影時は「道」を意識して撮影したものでなくても、テーマをもとに作品を選びなおしてみると、埋もれていた画像が「作品」として浮かび上がってきます。
そんな作品選びの楽しみ方もありだと、感じました。